今日も瀬戸内は美しいです

日記 ここだけの暢気で気儘で勝手なはなし

2017.02.15

・バレンタイン

人間ドックで糖尿病予備軍となったパートナーから、今年はチョコはいらないと何度も言われていたので、用意をしていなかった。それでも、おやつが大好きなことはバレバレだったので、悩んだ末に「大人のたけのこの里」とメッセージカードを渡した。直前まで、本当にいいのかな、こんなんでいいのかな、と悩んでいたけれど、彼は喜んでくれた。わたしも、清々しく幸せを感じられた。

東京では1万円前後のブランドチョコレートが当たり前だったのが、遠い昔のようだ。シャンパン風味のプラリネ、とか。男の子の間で、もらうチョコレートのブランドで彼女が査定される話を聞いて驚いたものだ。確かに美味しい。食はアートの世界でもあるから、いい素材いい作品、多くのバリエーションに触れることは、とても素晴らしい。

そう、バリエーション。「たけのこの里」は美味しい。バレンタインだからと言って、ブランドチョコがすべてではない。そのことに、改めて気付かされた気がする。お店がない、という状況のおかげで、あると見失いがちなものに、改めて気づかされている気がする。

 

・東京ライフと瀬戸内ライフ

イベントやアニバーサリーがあると、東京ではそれを取り上げたモノやサービスが溢れていて、皆が競争していてた。皆が積極的に巻き込まれて楽しんでいた。情報がシャワーのように降り注いでいた。生きる選択肢が、楽しむ選択肢が多いということは素晴らしい。そんな東京の生活だったと思う。

溢れる情報、結局押し付けられる指標や基準、物事の定義や理想像、いつの間にか「こうあるべき」という広告基準の縛りに振り回されてしまう、い人たち。い者だけが勝ち残れる社会で、わたしは鍛えられたのだと、心から感謝する。

人生の偶然により、いま瀬戸内ライフの時間を与えられている。土地土地により様々な生き方があり、様々な幸せがあり、様々な美しさがあることを、生活というレベルから体験させてもらっていることに、心から感謝している。わたしは多くの幸せと美しさの形を知っている、多くの幸せと美しさを感じられる、幸せ者だ。

東京と瀬戸内とで暮らしてみて、意外にも、狭い常識の中で人は生きているのだなと思う。というのも、ダイバーシティだとか言われているが、結局は価値観の合う人は自然と集まるもので、仕事も生活も合う人と(だけで)するものだから。裏返せば、合わない人は排除される。様々な価値観を受け入れて新しい価値を創造するとか、口だけで言っている人ほど、排除傾向があるようにすら思う。その結果、コミュニティが生まれ、生活が生まれ、価値観が育ち、文化成熟していくのだなと実感する。

いま思うのは、それでいいのだということ。その人が、その時々、その場その場で、必要ベストな選択をするのみ。視野が広がるほどに、シンプルにそう思うようになっていく。違いは、いいも悪いもなく、シンプルに、ただ違うのだ。

東京ライフと瀬戸内ライフ、その違いを実感することで得られる思慮は、とても有意義で美しい豊かさを与えてくれる。

 

・瀬戸内の大自然を身に纏う生活

瀬戸内は、自然の環境が素晴らしく美しい。朝はキラキラした朝陽に迎えられ、美しい夕陽で一日が終わっていき、夜には空いっぱいの星がキラキラ輝き、月はわたしたちを見守っていてくれる。そんな壮大な美しさが、当たり前に常にあるという安心感は、心を満たし人を穏やかにしてくれる。それは、大自然を身に纏っている、とでも言おうか。みんなが等しく美しさと幸せを享受していて、満足のボトムが等しく高いから、比較することも競うこともない。大自然を身に纏っている者同士の、穏やかな幸せの連帯感のなかで、瀬戸内の人々は生きている。